昔の友達が今も元気にしているということ。
間接的にそれを知り、懐かしくもあり、そうか、関係性はもう変わったんだ…と改めて実感したりする出来事があった。
それを通して思うのが、友達との関係を紡ぐ努力は大切ってこと。
いつまでも友達と思っていても、時間が経てば時間の分だけ距離が生まれることがある。距離が生まれると、なかなか踏み出せなくなる。
だから、関係を維持したい友達がいるなら、関係をつなげる努力は大切だなって思った。
友達と縁が切れていると実感した出来事
初めて就職した会社の事を調べた
ある会社口コミサイトを見ている時に、ふと初めて就職した会社の事を思い出した。あの会社のこと、何か書かれているのかな?と。
もう30年前に勤めていた会社。まだ残っていることは知っているけど、どうなっているのだろう…?と気になって。平和に経営していた。10%ぐらいの利益率を安定的に出しているのは当時から変わらない。安定かつ優秀な会社。
そして、会社のホームページから会社のブログへのリンクがあった。
そのブログ、とある記事が最新記事となっていた。記事の文末に同期だったやつの名前。同じバンドを組み、結婚式で友人代表で挨拶をしたぐらいに仲が良かったが、もう10年も連絡を取ってない。
なつかしい。きっと今頃は偉いさんだろうな…。
書いている内容は…この記事を読んで心動くのは同業者だろうな…というマニアックな内容。らしいっちゃらしい。とか思ったり。
旧友の存在を感じて今思う事
ブログ記事をまさか俺が読んでるとは思ってないだろうな…とか思いつつ、自分のブログをあいつが読むことがあるのだろうか?とも思うが、多分読んでない。個人名を明かす形でネットにはあまり残していないし。
そんなことはどうでも良くて、友達という絆って、ちゃんと維持していないと切れるもんだな…と思った。
連絡をしなければ連絡が来ない。それならそれで、まあいっか。またいつかすればいいや…と思って10年以上が経って、今となっては特別な用事がなければ連絡をすることもないとすら思っている。
それが寂しいのか?となるとそうでもないし、会ったら会ったで何をするでもない。
あちらは家庭があるから、家庭のことを優先してほしいとは思っていたし、家族を持つものと持たないものでは話も合わない気もする。
ただ、何とも言えない不思議な気持ちではある。
友達を大切にするならコミュニケーション大切
友達という関係性は、恋愛とは違って永遠のようなものがあると若い時は思っていた。会えばいつでもあの頃に簡単に戻れる。だから友達は特別だ。
そんな風に思っていたが、友達と会わなければ会わないままで世界が作られて、会う理由が弱くなり、縁が切れていく。
そう、なんとなく縁が切れていったという感覚に近い。
年を重ねると、友達に対する価値観も変わる。
「友達は多いほうが良い」みたいな価値観は自分の中にはもうあまり存在していない。友達が居ないほうが楽に生きれるとすら思うことがあるぐらいに、友達という存在をあまり求めていない時がある。
でも、友達を大切にしたいと思う人は、自分のような音信不通状態で放置するみたいな関係性の作り方は絶対にしちゃいけないと思う。
まとめ
そんなわけで、友達の存在を久々に不意に感じた。
旧友の書いたブログを見て「お!」と思って、あいつが書きそうな記事だなって思うあたりはしっかりと自分の中に存在として生きていると確認できたし、まあよかったとも思う。
また会えるのか分からないが、互いに元気で生きていこうじゃないか!とも思う。